keieishi17’s diary

40年余の経営コンサルタント経験から語る

【カシャリ!庭園めぐりの旅】 山形県山形市「もみじ公園」 紅葉の名所・池泉回遊式庭園

 

  【カシャリ!庭園めぐりの旅】 山形県山形市「もみじ公園」 紅葉の名所・池泉回遊式庭園

 

 

 若い頃からひとり旅が好きで、経営コンサルタントとして独立してからは、仕事の合間に旅をしたのか、旅行の合間に仕事をしたのかわかりませんが、カメラをぶら下げて【カシャリ! ひとり旅】をしてきました。

 旅のテーマは寺社や庭園めぐりです。

 日本には「日本庭園」と呼ばれる庭園だけではなく、「イングリッシュガーデン」など、海外の庭園形式をした庭園も多数あります。寺社を訪れたときに、想定していなかったところに、庭園を発見することがあります。

 下手の横好きで、【カシャリ! ひとり旅】を続けていますが、その一環で訪れた庭園を順次紹介してまいりたいと思います。

■ 山形県山形市「もみじ公園」 紅葉の名所・池泉回遊式庭園

 

 「もみじ公園」は、山形市中心部の紅葉の名所で、江戸時代初期に山形城主・松平忠弘自身の手により作庭された池泉回遊式庭園です。
 真言宗の巨刹「宝幢寺(ほうどうじ)」の庭園だったものを、山形市が、昭和26年から31年にかけて宝幢寺跡を買収し、都市公園として整備し開放しています。

 江戸時代寛文(1665年前後)、時の城主松平下総守忠弘が、江戸の庭師と共に山形城の本丸庭園の余石と吉野のもみじを用いて、自らも作庭に手を染めた庭です。

 心字池を巡る池泉回遊式の庭園で、四季折々の風情を楽しめます。殊に、色濃く染まる秋の紅葉は、訪れる人を魅了します。

 宝幢寺は、奈良時代行基によって開かれた古刹で、最上家の祖である斯波兼頼によって南北朝時代室町時代)に山形城下に移されました。明治初期に廃寺となり、寺郭がとり払われました。

 現在残されている遠州流の庭園は、江戸時代初期に当時の山形城主・松平直矩(10万石)が、姫の病気平癒祈願のお礼として作庭寄進されたと言い伝えられてきました。しかし、松平直矩の前後に山形藩主を務めていた松平忠弘が城内の本丸庭園を造り直した際に余った石とモミジの木を使って、松平忠弘自身によって改修された庭園であるということがわかりました。ちなみに、松平忠弘は山形城主の他に播磨姫路藩、宇都宮藩、白河藩の藩主も歴任した大名です。

 池泉庭園に面して建つ“清風荘”も、元は宝幢寺の書院だった建物です。江戸時代中期から後期の建築として国登録有形文化財となっています。この建物は、山形市が買収した当時から園内にあったのです。それを「清風荘」と名づけ中央公民館分館として、市民に開放し利用されています。

 すなわち、この池泉回遊式庭園は「宝幢寺書院庭園」であり、“清風荘庭園”ともいえます。

 昭和54年10月に茶室「宝紅庵」は、茶室研究家・建築家の中村昌生さんらの尽力により改修・併設されました。今日では、茶会をはじめとした市民イベントで利用されています。

 宝幢寺の本堂は、「薬師公園」に薬師堂として移築されています。(出典:おにわさんサイトをもとに作成)

 

■ アクセス


 JR山形新幹線 山形駅より徒歩20分強
 山形駅より路線バス「南高前・山大入口」バス停下車 徒歩8分
 山形駅発~県庁行き・東原3丁目バス停より徒歩約3分
  ※ほかにも近いバス停がありますが(最寄は周遊バスの「五小前」)、本数の多いバス停がこちら 
 〒990-0034 山形県山形市東原町2丁目16-7 山形市公園緑地課 023-641-1212
 清風荘  023-622-3690
 定休     清風荘の休館日/月曜日、年末年始
 その他    園内には中央公民館分館「清風荘」、「宝紅庵」(茶室)が併設されている。
 駐車場 あり

 ※春〜10月まで観光案内所にレンタサイクルあり JR山形駅より2キロ程度

 

 

 

白壁で囲まれていて、いかにも寺院の風情

真言宗の巨刹「宝幢寺(ほうどうじ)」の庭園でした。

山形市が、昭和26年から31年にかけて宝幢寺跡を買収し、

都市公園として整備し、開放しています。

 

入り口を入るとすぐ、

石灯籠と真っ赤に燃えた紅葉が迎えてくれました。

山形市中心部の紅葉の名所です。

 

江戸時代初期に山形城主・松平忠弘自身の手により作庭された

心字池を巡る池泉回遊式庭園です。

 

江戸時代寛文(1665年前後)、

時の城主松平下総守忠弘が、江戸の庭師と共に

山形城の本丸庭園の余石と吉野のもみじを用いて、

自らも作庭に手を染めた庭です。

 


もみじ公園のもとは、宝幢寺(ほうどうじ)の庭園で、

法憧寺は、奈良時代行基によって開かれた古刹です。

最上家の祖である斯波兼頼によって

南北朝時代室町時代)に山形城下に移されました。

 

 

紅葉のトンネル

 

あづまやで一休憩


清風荘

池泉庭園に面して建つ“清風荘”も、

元は宝幢寺の書院だった建物です。

江戸時代中期から後期の建築として

登録有形文化財となっています。

 

 




ユーチューブで視る 【カシャリ!庭園めぐりの旅】

写真集は、下記URLよりご覧いただくことができます。

静止画: http://www.glomaconj.com/butsuzou/meisho/indexmeisho.htm
映像:  http://www.glomaconj.com/butsuzou/meisho/indexmovie.htm 

【 注 】 映像集と庭園めぐりは、重複した映像が含まれています

【経営コンサルタントの独り言】 明治の文豪夏目漱石が逝く c09

 

  経営コンサルタントの独り言】 明治の文豪夏目漱石が逝く c09

 

 

平素は、ご愛読をありがとうございます。

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■ 明治の文豪夏目漱石が逝く c09

 漱石(1867年~1916)は、1916年(大正5年)12月9日に亡くなりました。

 森鴎外と並ぶ文豪・夏目漱石ですので、知らない日本人はいないといっても過言ではない、日本を代表する小説家、評論家、英文学者です。

 現在の東京都新宿区に位置する牛込馬場下横町の生まれです。

 私の家からそう遠くはない場所です。

 現在でも「漱石公園」など、ゆかりの地があります。

 代表作に「吾輩は猫である」がありますが、「坊ちゃん」同様によく知られています。

 この中で、登場人物の家系が印されている部分があります。

 そこに天璋院篤姫が登場するのですが、家系図にするとどうなるのか、本当に血縁なのか、などなど首を傾げながら読みました。

 読後の感想というのは、人によってはあまり本筋とは関係ないところに興味を持つモノだと、我ながら思ったりしています。

ドアノブ)

 

◆ ツイッターでのつぶやき 

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【きょうの人】 1210 坂本龍馬 没  幕末の志士 龍馬ファンは多いようですね

【きょうの人】 1210 坂本龍馬 没  幕末の志士 龍馬ファンは多いようですね

 独善的な判断で、気になる人を選んでご紹介しています。

 そこに歴史や思想、人物、生き方などを感じ取って、日々の生活やビジネスに活かしてくださると幸いです。

 

■ 坂本龍馬 没  幕末の志士


 さかもと りょうま
 天保6年11月15日〈新暦・1836年1月3日〉- 慶応3年11月15日〈新暦・1867年12月10日〉


  江戸時代末期の志士、土佐藩郷士で、諱は、直陰(なおかげ)、のちに直柔(なおなり)、通称は龍馬(竜馬)として知られています。

  土佐藩郷士の家に生まれ、脱藩したあとは志士として活動し、貿易会社と政治組織を兼ねた亀山社中(のちの海援隊)を結成しました。

  薩長同盟の成立に協力するなど、倒幕および明治維新に関与しました。

  大政奉還成立の1か月後に近江屋事件中岡慎太郎、山田藤吉らとともに暗殺されました。暗殺者は諸説ありますが、京都見廻組という説が有力です。

  母親代わりに育ててくれた姉の乙女をとにかく好きで、手紙も多数残されています。

 小説や映像化等が多数あり、改めて紹介する必要がないほどです。


Wikipedia坂本龍馬(さかもとりょうま)

 天保6年11月15日(1836年1月3日)- 慶応3年11月15日(1867年12月10日))は、日本の近世末期に活動した武士。土佐藩出身。

 土佐郷士に生まれ、脱藩した後は志士として活動し、貿易会社と政治組織を兼ねた亀山社中(後の海援隊)を結成した。薩長同盟の斡旋、大政奉還の成立に尽力するなど倒幕および明治維新に影響を与えた。大政奉還成立の1ヶ月後に近江屋事件で暗殺された。贈正四位(1891年(明治24年)4月8日)。
 龍馬は、多くの人の間で人気ですが、その生き方については様々なお考えもあるようです。

 

◆ 【きょうの人】 バックナンバー

 歴史上で活躍したり、仏教など宗教関係の人であったり、ジャンルはいろいろですが、彼等から、学ぶところが多々ありますので、それをご紹介します。

  https://blog.goo.ne.jp/keieishi17/c/b57a13cf0fc1c961c4f6eb02c2b84c9f

◆ 【今日は何の日】は、毎日発信しています。

 一年365日、毎日が何かの日です。 季節を表す日もあります。 地方地方の伝統的な行事やお祭りなどもあります。 誰かの誕生日かも知れません。 歴史上の出来事もあります。

  https://blog.goo.ne.jp/keieishi17/c/b980872ee9528cb93272bed4dbeb5281

◆ 【経営コンサルタントのひとり言】

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【 注 】

 【きょうの人】は、【Wikipedia】・当該関連サイトを参照・引用して作成しています。

【話材】 昨日12/0のつぶやき 明治の文豪夏目漱石が逝く

 

  【話材】 昨日12/0のつぶやき 明治の文豪夏目漱石が逝く

 

経営コンサルタントとして感じたことを毎日複数のつぶやきをブログでお届けしています。

もし、お見落としがありましたり、昨日のブログで再度読みたいつぶやきがあるというときに便利なページです。

本日も、複数のブログで、つぶやき済です。

  https://blog.goo.ne.jp/keieishi17/e/d0436ee2cb32d84fae52b798f71fe4a3

晴れ

■ 昨日は、下記のリストのようなことをつぶやきました。

konsarutanto   ◇ 昨日のつぶやき ◇ 

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   ユーチューブで見

 

 バックナンバー

 

【今日は何の日】 12月10日 三億円事件の日 納めの金毘羅

 

  【今日は何の日】 12月10日 三億円事件の日 納めの金毘羅

 

 一年365日、毎日が何かの日です。

  季節を表す日もあります。地方地方の伝統的な行事やお祭りなどもあります。誰かの誕生日かも知れません。歴史上の出来事もあります。セミナーや展示会もあります。

  これらをキーワードとして、私たちは自分の人生に、自分の仕事に、自分自身を磨くために何かを考えてみるのも良いのではないでしょうか。

  独断と偏見で、エッセー風に徒然のままに書いてみました。皆様のご参考にと毎日続けていこうと・・・というよりも、自分自身のために書いてゆきます。 詳細 ←クリック

今日は何の日インデックス】  日付を指定して【今日は何の日】を閲覧できます

■ 三億円事件の日 

 

 1968(昭和43)年12月10日、白バイ警官に扮した男に三億円が強奪されました。いわゆる「三億円事件」です。

 東京都下府中市にある東芝工場で支給される予定のボーナスを積んだ乗用車が襲われました。多くの物証がありながら捜査は迷宮入りし、1975(昭和50)年に時効を迎えたのです。

 警察の初動捜査、狐目男という人相書きの精度などなど、批判が警察に向けられた事件でもあります。

 思い込み、決めつけというのは、企業経営でもしばしば発生します。「わが社の技術は非常に高く、その技術に基づく製品は絶対に売れる」という信念で販売を始めたもののさっぱり売れないということがしばしばあります。

 市場にニーズを無視した、「プロダクトアウト」思考の代表的な事例です。

 「プロダクトアウト」に対するマーケティングの言葉は「マーケットイン」です。顧客のニーズを取り入れた商品・サービス開発の手法です。

 顧客ニーズを取り入れているから「絶対に売れる」と思い、大金を投じたがやはり売れなかったということもしばしば起こります。

 顧客ニーズの取り方に問題があることが多々あります。

 ある化粧品会社が、商品が売れず、何人かの女性に集まっていもらいディスカッションをしてもらいました。その結果末容器が使いにくいことがわかりました。そこでサンプルを幾つか作成して、その代替の形状を決定しました。その意見をもとに発売をしたのですが、惨敗。

 そこにある経営コンサルタントが入りました。

 ニーズ把握に問題があると睨んで、再度別の女性に意見を求めたところ、なんともともとその化粧品会社が使っていた形状の容器がトップとなったのです。

 この企業は、この経営コンサルタントから「顧客のいうことが100%正しいのではない」ということを気づかされたのです。

 その後、このメーカーでは、容器ではなく、マーケティングや営業活動のやり方に問題があることが分かり、その商品だけではなく、全般的に順調に売上が伸びて来ています。

 

■ 納めの金毘羅

 

こんぴらさん」の名で親しまれている「金刀比羅宮:ことひらぐう」の総本宮は、四国・琴平町にあり、石段が続くことでよく知られています。琴平山、正式名称「象頭山(ぞうずさん)」にあり、古くは「琴平神社(ことひらじんじゃ)」と呼ばれていました。

 御祭神は、「大物主神(おおものぬしのかみ)」で、相殿や「崇徳天皇(すとくてんのう)」です。

 毎月10日に月次祭が行われていますが、12月10日は、年の最後の月次祭で、これを「納めの金毘羅」と呼んでいます。

金刀比羅宮

 香川県仲多度郡琴平町字川西892番地1  http://www.konpira.or.jp/

(ドアノブ)

趣味・旅行のブログ

 

【経営コンサルタントの独り言】 毎月29日を楽しみしているわが家の家族 B29

 

  経営コンサルタントの独り言】 毎月29日を楽しみしているわが家の家族 B29

 

 

平素は、ご愛読をありがとうございます。

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■ 毎月29日を楽しみしているわが家の家族 B29

 

 わが家には「29日(ニクの日)」を楽しみにしている家族がいます。

 嫁いだ娘がおいていったディズニーキャラクターの「プルート」です。

 名前は「Mちゃん」、双子の「ボビーちゃん」もいます。

 時々肉の香りを嗅がせています。

 平素は、ひっそりと自分の部屋(お菓子の箱)にたたずんでいるのですが、娘が来ると持ち出しては、風通しをしてもらっています。

 最近は、孫娘がその手伝いをしてくれます。

 彼には、天城育ちのイノシシ「Qちゃん」という大親友がいます。

 Qちゃんには、ハナちゃんという色白な奥さんがいます。

 もう、結婚して十数年になりますが、まだ、子供はいません。

 因みに、Mちゃんはまだ独身ですが、ナナちゃんというガールフレンドがいます。

 二人は結婚するのかどうか解りませんが、20年近く交際をしています。

 

 【一口情報】

 ステーキ肉をおいしく食べるには、味付けしてから袋に入れ、58℃で30分ほど暖め、肉の片面だけを食べ頃に焼き、最後は反対面を軽く焼き焦げがつくようにすると、中がジューシーなステーキに

ドアノブ)

 

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【カシャリ!ひとり旅】 山形県山形市 光禅寺庭園 最上義光の菩提寺 遠州流池泉鑑賞式林泉庭園 161010

 

  【カシャリ!ひとり旅】 山形県山形市 光禅寺庭園 最上義光菩提寺 遠州流池泉鑑賞式林泉庭園 161010

 

 

 若い頃からひとり旅が好きで、経営コンサルタントとして独立してからは、仕事の合間か、旅行の合間に仕事をしたのかわかりませんが、カメラをぶら下げて【カシャリ! ひとり旅】をしてきました。

 

 旅は、時間に追われる現実からの開放、明日への糧となります。

 

 写真は、自分の記録であるとともに、お節介焼き精神から、他の人に情報提供も兼ねてとり続けてきました。

 

 何を思って撮影したのだろうか? 自分も行ってみたい・・・

 

 他の人に、そう思っていただける写真を撮りたいと思って、ライフワークとして、続けられるだけ続けてまいりたいです。

 

 

名所旧跡  グロマコン 経営コンサルタントへの道

 

 

■■ 山形県山形市 光禅寺庭園 最上義光菩提寺 遠州流池泉鑑賞式林泉庭園 161010

 

 光禅寺(こうぜんじ)は、山形市鉄砲町にある曹洞宗の寺院で、山号は天瀧山です。戦国時代から江戸時代前期にかけての出羽国の大名で、出羽山形藩の初代藩主である最上義光(もがみ よしあき)が、春林禅冬を招請して、菩提寺として開創しました。

 元和8年(1622年)に最上氏が改易となったあと、現在地に移転され、義光や殉死者の遺骸も改葬されました。明治27年(1894年)の大火により、観音堂と鐘楼を残して全焼し、貴重な宝物や古文書なども失われてしまいました。

 現在でも約5千坪の境内に、約900坪の庭園、115坪の本堂の規模があります。境内には最上家11代義光、12代家親、13代義俊の墓と、義光に殉死した4家臣の墓があります。

 庭園は、本堂裏に、江戸時代初期の作とされる遠州流心字の池があり、山形市の名勝に指定されています。築庭年代や作者名は不明ですが、山形県内では最も古い庭園のひとつであり、東北地方でも屈指の歴史を持っています。

 横に長い林泉庭園で、かつては建物の座敷から眺める鑑賞式庭園でした。鑑賞式と言うには池が大きいので、山形藩の中でもかなり格式のあるお寺だったのでしょう。現在は池泉に沿って見学路があって、見る場所によって変わる風景を楽む回遊式庭園感もあります。以前は池に水が入っていたようですが現在は抜かれています。

 このほか、斯波兼頼に関係があるとされる永和2年(1376年)に建てられた板碑が山形市有形文化財に指定されています。

 明治時代に大火にあい多くの堂宇を消失しましたが、江戸初期、京都三条釜座(刀工)・藤原国次による梵鐘は大火を免れました。(【Wikipedia】、おにわさんを基に作成)
 

■ アクセス

 JR山形新幹線 山形駅より徒歩20分強
 山形駅より路線バス「六小前」バス停下車 徒歩5分
 〒990-2492 山形県山形市鉄砲町2丁目5-7 
 

かつては大きな寺院の古刹

 

戦国時代から江戸時代前期にかけての出羽国の大名で、

出羽山形藩の初代藩主である最上義光(もがみ よしあき)が、

春林禅冬を招請して、菩提寺として開創しました。

 

山門は石柱になっていました

 

 

扁額にある漢字がコードにありません

開創・春林禅冬と思われるレリーフがあります

 

鐘楼

 

明治時代に大火にあい多くの堂宇を消失しましたが、

江戸初期、京都三条釜座(刀工)・藤原国次による梵鐘は

大火を免れました

 

本堂

 

明治27年(1894年)の大火により、観音堂と鐘楼を残して全焼し、

貴重な宝物や古文書なども失われてしまいました。

 

 

庭園入り口の木戸

 

約5千坪の境内に、約900坪の庭園、

115坪の本堂の規模があります

 

光禅寺庭園

 

庭園は、本堂裏に、江戸時代初期の作とされる遠州流心字の池があり、

山形市の名勝に指定されています。

築庭年代や作者名は不明ですが、

山形県内では最も古い庭園のひとつであり、

東北地方でも屈指の歴史を持っています。

 

 

横に長い林泉庭園で、かつては建物の座敷から眺める鑑賞式庭園でした。

鑑賞式と言うには池が大きいので、

山形藩の中でもかなり格式のあるお寺だったのでしょう。

 

現在は池泉に沿って見学路があって、

見る場所によって変わる風景を楽む回遊式庭園感もあります。

以前は池に水が入っていたようですが現在は抜かれています。

 

庭園から見た本堂他

 

 

 

 

  リスト http://www.glomaconj.com/butsuzou/meisho/indexmovie.htm

 

 

  ■ カシャリ! ひとり旅