■【カシャリ! ひとり旅】 北海道 洞爺湖・有珠山・昭和新山 04 有珠山へ

若い頃からひとり旅が好きで、経営コンサルタントとして独立してからは、仕事の合間か、旅行の合間に仕事をしたのかわかりませんが、カメラをぶら下げて【カシャリ! ひとり旅】をしてきました。
旅は、時間に追われる現実からの開放、明日への糧となります。
写真は、自分の記録であるとともに、お節介焼き精神から、他の人に情報提供も兼ねてとり続けてきました。
何を思って撮影したのだろうか? 自分も行ってみたい・・・
他の人に、そう思っていただける写真を撮りたいと思って、ライフワークとして、続けられるだけ続けてまいりたいです。
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北海道 洞爺湖・有珠山・昭和新山 |
公式サイト |
■ 洞爺湖
洞爺湖(とうやこ)は、札幌の南、車で1時間半あまりのところに位置する湖です。
面積:70.72[1] km2 周囲長:50 km 最大水深:180.0 m 平均水深:117.0 m 貯水量:8.19 km3 水面の標高:84 m 透明度:10.0 m 成因:カルデラ湖 淡水 湖沼型:貧栄養湖
周辺が支笏洞爺国立公園に指定されていて、洞爺湖有珠山ジオパークとして「日本ジオパーク」「世界ジオパーク」に登録されています。
「日本百景」「新日本旅行地100選」「美しい日本の歩きたくなるみち500選」にも選定されている北海道を代表する景勝地の一つです。
■ 有珠山
https://sobetsu-kanko.com/spot/usuzan
有珠山(うすざん)は、北海道・洞爺湖の南に位置する標高737mの活火山で、地元では常に噴火に警戒しています。
山頂は。有珠郡壮瞥町にあり、山体は虻田郡洞爺湖町、伊達市にまたがっています。
支笏洞爺国立公園内にあり、昭和新山とともに「日本の地質百選」に選定され、周辺地域が洞爺湖有珠山ジオパークとして「日本ジオパーク」「世界ジオパーク」に認定されています。
2万年ほど前に形成され、約7〜8千年前の山体崩壊で現在の姿に近くなりました。 20世紀だけでも4度の噴火活動が観測され、有珠山ロープウェイで有珠山へ上がり遊歩道を散策しますと、1977(昭和52)年の噴火でできた噴火口(銀沼火口)を見るとこができます。
昭和新山(しょうわしんざん)は、有珠山の側火山です。デイサイト質の粘性の高い溶岩により溶岩円頂丘が形成されています。形成当初の標高は400メートルを超えていましたが、現在では、それが温度低下や浸食などの影響で、398mまで縮んでしまいました。
現在ある昭和新山の地域は「東九万坪」という広大な畑作地帯で、壮瞥川の川沿いには「フカバ」という集落がありました。集落名は鮭や鱒の孵化場があったことに由来しています。
この辺りはのどかな田園地帯でしたが、昭和18年の噴火活動で、山の隆起とともに集落は消滅してしまいました。麦畑が隆起して昭和新山ができ、その痕跡は崩壊した国鉄胆振線の橋脚跡などに見られます。現在でも噴煙をたなびかせ、大地のエネルギーを間近で体感することができます。
麓の駐車場周辺には、有珠山ロープウェイ・昭和新山熊牧場・三松正夫記念館といった見学施設や、レストラン・土産店なども立ち並び壮瞥町の代表的な観光地となっています。
【昭和新山の誕生】(ウェブサイトより転載)
昭和18年、青い麦畑から地震と爆発音とともにふくれ上がった昭和新山。4ヶ月の爆発、その間刻々と隆起する大地、地球のエネルギーは地底で固まった粘性の強いデイサイト溶岩を押し上げ、398mのベロニーテ型(現在では「隆起型」と言われている)火山を出現させたのです。
昭和新山の誕生を見守り続けたのが郵便局長の三松正夫さんでした。地震発生から噴火、そしてその活動が止まるまでを独学の観測方法でつぶさに観察、詳細な記録を残した後にミマツダイヤグラムと命名、称賛されました。
昭和新山山麓には三松正夫記念館があり、昭和新山の生い立ちを克明に観察・記録したミマツダイヤグラムをはじめ、資料、観測機器、写真などが展示されています。
名称 昭和新山
住所 〒052-0102 北海道有珠郡壮瞥町字昭和新山
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雲が多く、
登っても何も見えないかも知れないという思いでした。
ところが、途中で398mの
昭和18年の噴火活動で、
6分ほどのケーブルカーの旅
後ろを振り返ると、麓駅がみえます。
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カシャリ! ひとり旅