keieishi17’s diary

40年余の経営コンサルタント経験から語る

■【きょうの人】 0920 吉田松陰生誕 「至誠」という言葉が好きです

■【きょうの人】 0920 吉田松陰生誕 「至誠」という言葉が好きです

 独善的な判断で、気になる人を選んでご紹介しています。

 そこに歴史や思想、人物、生き方などを感じ取って、日々の生活やビジネスに活かしてくださると幸いです。

 

 吉田松陰 「至誠」という言葉が好きです


 よしだしょういん
 文政13年(1830年)8月4日(西曆9月20日)、長州萩城下松本村(現:山口県萩市)に生誕
 安政6年10月27日(1859年11月21日)、伝馬町牢屋敷にて死刑が執行された。享年30(満29歳没)

長州藩士、思想家、教育者で、山鹿流兵学師範でもあります。明治維新の精神的指導者・理論者・倒幕論者として知られています。私塾「松下村塾」で、後の明治維新で重要な働きをする多くの若者に思想的影響を与えた人です。


 幕末の志士吉田松陰は、海外事情を学ぶため、鎖国の禁を犯し、密航することを決意しました。

 長崎に来航したロシア船への便乗を佐久間象山に薦められ急行しましたが間に合わいませんでした。翌嘉永7年(1854)3月、来航したペリー艦隊の後を追って、弟子金子重輔と下田へ来ました。

 機をうかがい、夜中に下田市柿崎より小舟でペリー艦隊ポーハタン号に漕ぎ着け、渡米を懇請しましたが、ペリーに拒絶されてしまいました。

 壮図むなしく破れた松蔭等は、潔く自首し、拘禁された場所が、下田市宝光院長命寺(廃寺)でした。

 さらに平滑の獄に移され、同年4月11日は、江戸伝馬町の獄に送られました。

 松蔭等が、下田に滞在した期間は、24日の短いものであり、また海外渡航は失敗に終わりましたが、その行動は幕末開港の歴史に欠くことのできない重要な一ページを刻むものであり、後に与えた影響は大きかったといえます。(【Wikipedia】および下田市史蹟紹介立て看板をもとに作成)

 

 ちなみに名言「至誠」は、正式には、下記の通りです。

   至誠にして動かざるものは未だこれあらざるなり

 

  伊豆下田・爪木崎1  下田市
  伊豆下田・爪木崎2  昭和天皇歌碑、爪木崎・咲く岬とする灯台 
  伊豆下田・爪木崎3  爪木崎 花咲く岬と白く花開く波
  伊豆下田・爪木崎4  玉泉寺、ハリスの小道、寝姿山、至誠通天碑 
  伊豆下田・爪木崎5  宝福寺1 本堂、庭、お吉の墓、ボケ地蔵 
  伊豆下田・爪木崎6  宝福寺2 お吉記念館、龍馬・容堂謁見の部屋 
  伊豆下田・爪木崎7  了仙寺 日米和親条約付録下田条約締結の地 
  伊豆下田・爪木崎8  長楽寺 日露和親条約締結の地、日米和親条約批准の地 
  伊豆下田・爪木崎9  稲田寺(唐人お吉の恋人が眠る)、海善寺 
  伊豆下田・爪木崎10  八幡神社 下田の鎮守社で夏祭は有名 
  伊豆下田・爪木崎11  大安寺 将軍献上品にまつわる悲話 
  伊豆下田・爪木崎12  本覚寺 吉田松陰拘禁の跡 泰平寺
  伊豆下田・爪木崎13  ペリーロード お吉を忍ぶ散策の小径
  伊豆下田・爪木崎14  下田公園 四季折々の花と眺望

 

 

 

◆ 【きょうの人】 バックナンバー

 歴史上で活躍したり、仏教など宗教関係の人であったり、ジャンルはいろいろですが、彼等から、学ぶところが多々ありますので、それをご紹介します。

  https://blog.goo.ne.jp/keieishi17/c/b57a13cf0fc1c961c4f6eb02c2b84c9f

◆ 【今日は何の日】は、毎日発信しています。

 一年365日、毎日が何かの日です。 季節を表す日もあります。 地方地方の伝統的な行事やお祭りなどもあります。 誰かの誕生日かも知れません。 歴史上の出来事もあります。

  https://blog.goo.ne.jp/keieishi17/c/b980872ee9528cb93272bed4dbeb5281

◆ 【経営コンサルタントのひとり言】

 経営コンサルタントのプロや準備中の人だけではなく、経営者・管理職などにも読んでいただける二兎を追うコンテンツで毎日つぶやいています。 

  https://blog.goo.ne.jp/keieishi17/c/a0db9e97e26ce845dec545bcc5fabd4e

【 注 】

 【きょうの人】は、【Wikipedia】・当該関連サイトを参照・引用して作成しています。