keieishi17’s diary

40年余の経営コンサルタント経験から語る

■【きょうの人】 0924 ウィリアム・アダムス 三浦按針として家康に仕える

■【きょうの人】 0924 ウィリアム・アダムス 三浦按針として家康に仕える

 独善的な判断で、気になる人を選んでご紹介しています。

 そこに歴史や思想、人物、生き方などを感じ取って、日々の生活やビジネスに活かしてくださると幸いです。

 

 ウィリアム・アダムス 三浦按針として家康に仕える


 William Adams
 1564年9月24日 - 1620年5月16日(元和6年4月24日)

 江戸時代初期に徳川家康に外交顧問として仕えたイングランド人航海士・水先案内人・貿易家で、三浦 按針(みうら あんじん)の日本名でも知られています。

 1564年、イングランド南東部のケント州ジリンガムに生まれ、船員だった父親を亡くしてロンドンで船大工に弟子入りしました。

 造船術よりも航海術に興味を持ったアダムスは、海軍に入り、フランシス・ドレークの指揮下にあった貨物補給船船長としてアルマダの海戦に参加しました。

 軍を離れてバーバリー商会ロンドン会社の航海士・船長として北方航路やアフリカへの航海で多忙でした。
 航海で共に仕事をする中でオランダ人船員たちと交流を深めたアダムスは、弟のトマスらと共にロッテルダムに渡り志願しました。

 司令官のヤックス・マフは、ホープ号の航海士として採用しました。

 関ヶ原の戦いの約半年前にあたります1600年4月29日(慶長5年3月16日)に、リーフデ号が豊後臼杵の黒島に漂着しました。

 五大老首座の徳川家康が指示し、重体で身動きの取れない船長に代わり、アダムス等を大坂に護送させ、併せて船も回航させました。

 イエズス会士の注進でリーフデ号を海賊船だと思い込んでいた家康ですが、正直に話す
アダムスらを気に入りました。

 按針は、水先案内人、三浦は領地名をとり、「三浦按針」と和名が与えられ、異国人でありながら日本の武士として生きるという数奇な境遇を得たのです。

 信頼され、重用された家康の死後、跡を継いだ徳川秀忠をはじめ江戸幕府幕臣たちの方針で貿易を平戸のみに制限し鎖国体制を敷いたため、按針の立場は不遇となり、日本に骨を埋めることになりました。

 

◆ 【きょうの人】 バックナンバー

 歴史上で活躍したり、仏教など宗教関係の人であったり、ジャンルはいろいろですが、彼等から、学ぶところが多々ありますので、それをご紹介します。

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【 注 】

 【きょうの人】は、【Wikipedia】・当該関連サイトを参照・引用して作成しています。