keieishi17’s diary

40年余の経営コンサルタント経験から語る

【ナレーション付き映像で見るカシャリ!ひとり旅】 盛岡1-2 啄木新婚の家と盛岡興隆の大島高任

【ナレーション付き映像で見るカシャリ!ひとり旅】 盛岡1-2 啄木新婚の家と盛岡興隆の大島高任

 若い頃からひとり旅が好きで、経営コンサルタントとして独立してからは、仕事の合間か、旅行の合間に仕事をしたのかわかりませんが、カメラをぶら下げて【カシャリ! ひとり旅】をしてきました。

 

 旅は、時間に追われる現実からの開放、明日への糧となります。

 

 写真は、自分の記録であるとともに、お節介焼き精神から、他の人に情報提供も兼ねてとり続けてきました。

 

 何を思って撮影したのだろうか? 自分も行ってみたい・・・

 

 他の人に、そう思っていただける写真を撮りたいと思って、ライフワークとして、続けられるだけ続けてまいりたいです。

 

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■■ 岩手県盛岡市 

 

 盛岡市は、岩手県の中部に位置し、岩手県の県庁所在地です。今日では、人口30万人を擁し、岩手県内最大の都市として、政治、経済、交通の中心となっています。

 東京からは、新幹線はやぶざに乗りますと2時間強で着くことができます。

 




http://www.city.morioka.iwate.jp/


市内案内板より


 岩手県の内陸部、北上盆地のほぼ中央部に位置しますが、市内中心部で、主流北上川雫石川、中津川が合流する水の都でもあります。

 

 

■ 盛岡市と啄木

 

啄木の代表作

 盛岡市内は、「でんでんむし号」という循環バスがあります。市内巡りは、レンタサイクルか、このバスを利用するのが便利です。

 でんでんむし号は、駅前のバスターミナルからスタートします。駅前広場で見落とせないのが啄木の歌碑です。

 「ふるさとの山に向かひて 言ふことなし ふるさとの山はありがたきかな」という啄木の歌がたたえられています。

■ 啄木新婚の家

 

 

 

 でんでんむし号の右回り循環のバスに乗って10分弱「啄木の新婚の家口」というバス停で降りて、徒歩1分のところにある、啄木新婚の家に寄りました。残念ながら、休館日のために内部見学はできませんでした。

 明治38年5月、処女詩集「あこがれ」を出版した石川啄木は、東京で新婚生活をもつという生活設計を変更して、盛岡市新山小路に返ります。現在の中央通3丁目あたりです。

 交際していた恋人、堀合節子と結婚式を挙げました。しかし、父母と妹が同居する新婚生活は窮迫し、ここでの生活はわずか3週間で終わりました。7月には、市内の加賀野磧町(現在の加賀野1丁目)に移り住みました。

 石川啄木の年表や連載していた新聞「岩手日報」について、また妻・節子とのエピソードなどが紹介されています。石川啄木のひととなりや暮らしぶりについて詳しく知ることができる施設です。

 後に、函館に移りますが、そちらは、「カシャリひとり旅」シリーズ・函館編「啄木小公園」をご覧下さると幸いです。

 

■ 大島高任生誕の地

 


 この辺りは、盛岡城下の「仁王小路」といい、平安時代から、仏像群を残す古いお寺がありました。

 17歳で留学し、江戸で蘭方医箕作阮甫や坪井信道に師事し、長崎では採鉱術を学びました。水戸藩主の徳川斉昭から招かれて、那珂湊反射炉を建造し、大砲の鋳造をまかされました。

 西洋と並ぶ高品質な鉄を造るべく、良質の鉄鉱石が産出する現在の釜石に赴き洋式高炉を建設しました。

 当時の先端的な科学や技術を学び、それを後進の育成に尽力しました。

 

 

【 注 】

 盛岡市の映像シリーズには、たくさんの写真が紹介されていますので、是非、下記のURLよりお楽しみください。

 

盛岡を巡る 1
啄木新婚の家
堀合節子と挙式、しかしここでの生活はどうだったのか

【 注 】 「啄木新婚の家」の映像は、「啄木と賢治の街の見どころ」の後半に挿入されています。


 「盛岡を巡る映像シリーズ」では、豊富な写真や動画を編集して、わかりやすい解説を付けて映像化しています。

 日本全国、カシャリとした写真や動画をお楽しみ下さい。

 

 【 注 】 ユーチューブだけではなく、ブログ・サイトでも紹介しています。

http://www.glomaconj.com/butsuzou/meisho/indexmeisho.htm

 

 

 

■ カシャリ! ひとり旅