keieishi17’s diary

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【きょうの人】 1207 与謝野 晶子 情熱の歌人と言われます

 

  【きょうの人】 1207 与謝野 晶子 情熱の歌人と言われます

 

 独善的な判断で、気になる人を選んでご紹介しています。

 そこに歴史や思想、人物、生き方などを感じ取って、日々の生活やビジネスに活かしてくださると幸いです。

 

■ 与謝野 晶子 情熱の歌人と言われます


 正字: 與謝野 晶子 戸籍名与謝野 志やう(よさの しょう)
 よさの あきこ
 1878年明治11年)12月7日 - 1942年(昭和17年)5月29日)


 日本の歌人、作家であり、思想家ともいえます。

 旧姓鳳(ほう)、ペンネームの「晶子」の「晶」は、本名の「しょう」から取ったといわれています。

 夫は、歌人与謝野鉄幹(与謝野寛)であることはよく知られています。夫妻で、雑誌『明星』に短歌を発表しロマン主義文学の中心的人物といえます。

 浪華青年文学会に参加の後、1900年(明治33年)、浜寺公園の旅館で行なわれました歌会で歌人与謝野鉄幹と不倫の関係になりました。

 鉄幹が創立した新詩社の機関誌『明星』に短歌を発表し、女性の官能をおおらかに謳う処女歌集『みだれ髪』(鳳晶子)を刊行しました。これにより浪漫派の歌人としてのスタイルを確立したといえます。

 その際に詠んだ 「いざ、天の日は我がために金の車をきしらせよ、 颶風の羽は東より いざ、こころよく我を追へ。黄泉の底まで、なきながら、 頼む男を尋ねたる、その昔にもえや劣る。 女の恋のせつなさよ。晶子や物に狂ふらん、 燃ゆる我が火を抱きながら、 天がけりゆく、西へ行く、 巴里の君へ逢ひに行く。与謝野晶子」と書かれた石碑が、ウラジオストク極東連邦大学東洋学院の敷地にあります。

 

◆ 【きょうの人】 バックナンバー

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【 注 】

 【きょうの人】は、【Wikipedia】・当該関連サイトを参照・引用して作成しています。