【カシャリ!ひとり旅】 山形県山形市 光禅寺庭園 最上義光の菩提寺 遠州流池泉鑑賞式林泉庭園 161010
若い頃からひとり旅が好きで、経営コンサルタントとして独立してからは、仕事の合間か、旅行の合間に仕事をしたのかわかりませんが、カメラをぶら下げて【カシャリ! ひとり旅】をしてきました。
旅は、時間に追われる現実からの開放、明日への糧となります。
写真は、自分の記録であるとともに、お節介焼き精神から、他の人に情報提供も兼ねてとり続けてきました。
何を思って撮影したのだろうか? 自分も行ってみたい・・・
他の人に、そう思っていただける写真を撮りたいと思って、ライフワークとして、続けられるだけ続けてまいりたいです。
■■ 山形県山形市 光禅寺庭園 最上義光の菩提寺 遠州流池泉鑑賞式林泉庭園 161010
光禅寺(こうぜんじ)は、山形市鉄砲町にある曹洞宗の寺院で、山号は天瀧山です。戦国時代から江戸時代前期にかけての出羽国の大名で、出羽山形藩の初代藩主である最上義光(もがみ よしあき)が、春林禅冬を招請して、菩提寺として開創しました。
元和8年(1622年)に最上氏が改易となったあと、現在地に移転され、義光や殉死者の遺骸も改葬されました。明治27年(1894年)の大火により、観音堂と鐘楼を残して全焼し、貴重な宝物や古文書なども失われてしまいました。
現在でも約5千坪の境内に、約900坪の庭園、115坪の本堂の規模があります。境内には最上家11代義光、12代家親、13代義俊の墓と、義光に殉死した4家臣の墓があります。
庭園は、本堂裏に、江戸時代初期の作とされる遠州流心字の池があり、山形市の名勝に指定されています。築庭年代や作者名は不明ですが、山形県内では最も古い庭園のひとつであり、東北地方でも屈指の歴史を持っています。
横に長い林泉庭園で、かつては建物の座敷から眺める鑑賞式庭園でした。鑑賞式と言うには池が大きいので、山形藩の中でもかなり格式のあるお寺だったのでしょう。現在は池泉に沿って見学路があって、見る場所によって変わる風景を楽む回遊式庭園感もあります。以前は池に水が入っていたようですが現在は抜かれています。
このほか、斯波兼頼に関係があるとされる永和2年(1376年)に建てられた板碑が山形市有形文化財に指定されています。
明治時代に大火にあい多くの堂宇を消失しましたが、江戸初期、京都三条の釜座(刀工)・藤原国次による梵鐘は大火を免れました。(【Wikipedia】、おにわさんを基に作成)
■ アクセス
JR山形新幹線 山形駅より徒歩20分強
山形駅より路線バス「六小前」バス停下車 徒歩5分
〒990-2492 山形県山形市鉄砲町2丁目5-7
かつては大きな寺院の古刹
戦国時代から江戸時代前期にかけての出羽国の大名で、
山門は石柱になっていました
扁額にある漢字がコードにありません
開創・春林禅冬と思われるレリーフがあります
鐘楼
明治時代に大火にあい多くの堂宇を消失しましたが、
大火を免れました
本堂
明治27年(1894年)の大火により、観音堂と鐘楼を残して全焼し、
貴重な宝物や古文書なども失われてしまいました。
庭園入り口の木戸
約5千坪の境内に、約900坪の庭園、
115坪の本堂の規模があります
光禅寺庭園
庭園は、本堂裏に、江戸時代初期の作とされる遠州流心字の池があり、
山形市の名勝に指定されています。
築庭年代や作者名は不明ですが、
山形県内では最も古い庭園のひとつであり、
東北地方でも屈指の歴史を持っています。
横に長い林泉庭園で、かつては建物の座敷から眺める鑑賞式庭園でした。
鑑賞式と言うには池が大きいので、
山形藩の中でもかなり格式のあるお寺だったのでしょう。
現在は池泉に沿って見学路があって、
見る場所によって変わる風景を楽む回遊式庭園感もあります。
以前は池に水が入っていたようですが現在は抜かれています。
庭園から見た本堂他
リスト http://www.glomaconj.com/butsuzou/meisho/indexmovie.htm